- 検索フォーム
- RSSリンクの表示
- ブロとも申請フォーム
- QRコード
無気力少年の恋の歌。/1
++++++
やる気の無い僕だけど。
自らの夢と、
きみに関しては違うらしい。
++++++
「ちょっと、聞いてるのーっ!?」
「……聞いてるよ、うるさいなぁ」
「うるさいっ!? うるさいって何よはっきり言いなさいよーっっ!!」
相も変わらず元気だな。僕は関心しながら机に突っ伏した。
未だ彼女はがなりたてるけど、僕には『馴れ』と言う最強防壁が備わっているので大丈夫。
まぁ、何でも“大丈夫”って訳じゃないんだけどね。
「……ったくもー」
ぶちぶちぼやく彼女。続く言葉は、だいたい決まっている。
“まったく。往々にして、あんたは駄目なのよ”
「まったく。往々にして、あんたは駄目なのよ」
“いつもいつもだらけちゃってさぁ。わかってんの? この唐変木!”
「いつもいつもだらけちゃってさぁ。わかってんの? この唐変木!」
“第一、やる気在るの? 生まれた時から何か欠如してない?”
「第一、やる気在るの? 生まれた時から何か欠如してない?」
……と、ここまでが出会って一週間後くらいから始まったお小言。
ここから、近頃加わった期間限定バージョン。
「普段からそんなんで常に無関心のくせに。何いきなり体育祭実行委員とかやっちゃってる訳?」
……。
「しかも、変っなトコ拘ってくれちゃってさぁ。大変なのよ。つうか何で急に“ポスターが良くない”なんて言い出した訳?」
だって趣味悪いだろうが。
今時クレヨンで描いたような下手くそな絵だぞ。恐らくスマイルを浮かべた人間と思しき丸や変形丸の集合体と、べったべたに水色を塗り潰したような空。プラス、何と、虹。開催直前まで雨が降っていたらしい。そのくせ地面はサハラ砂漠のような、からっからに乾いた色の黄土色。いや、カラシ色? もう少し薄い?
そんなポスターが飾ってんだぞ? そりゃあ一言言いたくもなる。捲し立てたくも。
「…。仕方ないだろう、趣味悪いっつうか、ヒドいんだから」
「そんなの気にしないでいただけますぅ? 私美術『一』、なのにぃ……」
「一番なら良いんじゃ、」
「その『一』じゃなくて“悪いほう”、の、『一』、よ!」
ああ、成程。
それでご機嫌斜めですか。
「良いじゃない、アレで。何で駄目なのよ」
「アレでって…お前“アレ”が本当に良いとでも?」
スポンサーサイト
無気力少年の恋の歌。/2
さすがに僕のこの科白に、彼女は黙らざるを得なかった。
「……でも…何も言わなかったら……」
それでも苦し紛れに放たれる、その苦言。
美術が『一』の彼女には応えたのだろう。そうかもしれない。
あのヒドいポスターに対してそれこそ、僕は苦言を呈してしまった。
正直それまでは体育祭の進行なんてどうでも良かったんだけど、ちょっと文武で有名なこの学校の体育祭にはお偉いさんが来るらしい。
当然そのお誘いにそのポスターを渡す訳で(プログラムは当日だから)
…あんな稚拙な、幼稚園児ならゆるせるだろうが高校生としては逝ってしまえ、と言わんばかりのポスターを。
それはどうなの? 、と、僕が言おうものなら。
「“じゃあ、描き給えよ”、なんて言われなかったのに」
はいはい。僕が悪いのね。僕は筆を動かす。
下書き一切無し。逆に下書きが無いほうが、描く時に集中出来て良い。
それに無駄な線を意識して、描く時の勢いが死んでしまわない。
僕がポスターの絵に集中しようとしている頃。彼女の愚痴、文句、小言、厭味、説教エトセトラで、どの部類にも入りそうな話は(僕にとっては彼女の言葉たちは先に糸が付いていて、耳から入ってその糸を手繰り反対側に出て逝くような、そんな他愛ないモノなのだけれど、)今や雲行きの怪しさをひしひしと伝えていた。
僕は思った。僕の『馴れ』と言う防御のスキルじゃ、塞ぎ切れないモノが来たな、と。
「……───くんなら、こんなことも無かったのになぁ」
“───くんなら、”
僕は手を止め掛け、でもそうすると線を殺してしまうのであきらめて進めた。絵筆は僕の気持ちとは遠く離れて、軽やかに舞った。
その色は、重ねた青。
僕の心模様からはぐれた色。
いつもそうだ。今も続いている。
“誰彼くんが”、ではなく必ず一人、名が上がる。
確かに人当たりや世渡りのレベルで行けば僕は最悪で、僕と比べるのもおこがましい程に活躍している彼は最良と言ったところだろう。
彼女は、やはり彼が好きなんだろうか。
僕は絵筆を動かす。空の下地を薄く塗り重ねたら、今度は白のガッシュでその上にポンポン跳ねるように色を置いて行く。
無気力少年の恋の歌。/3
更に下辺りに陰影を加える。僕の現在を表すかのような曖昧な濃さの灰色で。
その下に黄色で細く線を入れる。面白いことにこのほうが、絵としては『雲』に見えるのだ。
不意に顔を上げると彼女と至近距離で視線がぶつかり合った。凄い近い。あまりの近さに顔をのけ反ったくらいだから。
「…な、に…」
「……あんたさ」
彼女が、僕の手元を覗き込んでいる。その目は、青い空と浮かぶ白い雲を映していた。
まだ完成では無くて、この後に下には小さくグラウンドを描く。アシンメトリーな感じに。
空から見た、グラウンドと言う風に。
「な、何?」
気を取り直し僕は訊く。そんなガン見されてもさ。
「凄いじゃん!」
…は?
唐突な叫び声、これは何と言う部類なんだろう。とにかく、ビックリするぐらいには大きく───それでいて楽しんでいる。
しかしどうしてそうなったのか、何が何だかわからず。僕は唖然と口を開いて彼女を見返した。
彼女はと言えば、僕のそんな素振りにすらまるで目に入らない様子でいる。
「凄いじゃない、この絵! あんた絵、上手かったんだー」
一人興奮して何をよろこんでいるのか跳ね回っている。……どう反応したら良いんですか。
「成程ねー。これじゃあのポスターに物申すってなる訳だ。最初から書き直したかったのね」
「いや、別に」
だってこれはオプションだった。この委員会を選んだことの。
けれど彼女がそれに頷く訳も無ければ、「皆まで言うな」となぜか訳知り顔を気取る。…だから人の話は聞けよ。
「凄いよー、これ。凄いリアル。でも幻想的? って言うの? 凄いキレイ…」
彼女が、少ない言語で僕の描いたポスターを賞賛する。やめてくれ、恥ずかしい。
僕は顔から火が出そうなのを、伏せては堪え。お願いだからもうこんな羞恥プレイはやめてくれないかなと心中懇願した。
その願いが通じた訳じゃないだろうが、彼女はふとポスターから顔を上げた。
「……やっぱ、進学はこっち系に進むの?」
「は?」
「だーかーらっ、“美術系の学校に進んじゃうのか”って訊いてるの!」
そんな力入れなくても。僕は美術部ですらないし、ましてやそんな大学受験は怠い。
それに目指したいモノは絵描きとは少し違う。
「大学には行かないよ。専門に行く。そのためにバイトもしてるしね」
無気力少年の恋の歌。/4
「ど、どこ行くの?」
「さぁー。一応第一志望第二志望は決まってるけど、」
「どんなとこ?」
「デザイン系。僕クリエイターになりたいんだ」
笑ってしまうが、やる気ないとか無気力とか言われる僕にも夢は在る。
ここは微妙に都心にズレた田舎で、中心街に出るには一時間一本の電車に乗る。なので夢のために都市部に出る、なんて仰々しいことはしなくて良いのだが。
僕はクリエイターになりたい。何でも使うデザイナー。自ら写真を撮り絵を描き、それのレイアウトを決める。
そんな人になりたい。そんな夢が在る。
まぁ、ここまでは今この場で語り得ることではない。
僕は思考に浮いていた御蔭で落ち着き、顔を上げた。その僕が見たのは、本当にそれで疲れないのかと不思議になる程、激しく気分変化する彼女の落ち込んだ風情。
どうしたのだろう。様子がおかしい。
と、僕の心配を振り切るかのように彼女はきっと顔を向けて来た。睨まれてるみたいで居心地悪いんだけど。
「よ、四大に行く気は無い訳っ?」
四大、つまるところ普通の大学に行かないのか、と言っているのだろうか?
僕は首を振る。
「うん。今のとこね」
すると彼女は焦ったように重ねた。
「べ、別に今時の大学だってデザイン科や漫画学科だって在るじゃない! 専門行くこと無いよ!?」
何でこんなに必死になっているのか、何でこんなに吃っているのか。
「僕は専門って決めてるよ。そのために面倒なバイトだってやってるんだ。今から普通の大学に行くなんて考えられない」
彼女はまた凹んだみたいだ。先からずっとだけど、どこか具合でも悪いのかな。それで会話を繋いで誤魔化そうとしてる、とか。ああ、有りそう。
さりとて、僕から彼女にそんなことを訊くのもどうかな。だって悪い気がする。
もしかしたら僕を気遣っているのかもしれない。委員会は二人一組なのに、自分だけ帰ったらとか。
だとしたら言えないよな。
「……じゃなぃ……」
考えごとに耽ていた僕には聞き取りづらい、小さな呟き程の声。
「え、何?」
僕が問うと彼女が言った。さっきわずかに耳に入った言葉と違うことから、多分僕の質問を無視したんだろう。
まぁ良いんだけど。
「じゃあ、学校の名前は? 決めてるんでしょ」
「教えない」
きっぱり、僕は返す。
無気力少年の恋の歌。/5
「な、何でよ!」
途端に、彼女は勢い付けて訊き返して来た。
「教えないよ。だって教えたって今時バンバンCMやってるようなところじゃないもん。本当にデザインだけって感じのところ。てか、何でそんな知りたい訳?」
彼女が、何でか絶句した。僕を、信じられないと見詰めるように。
色を無くした、と言うのがこんな顔なのだと僕はしげしげ眺めていると、彼女はやがて真っ赤になり怒鳴ろうと口を開き。
「───」
結局は何も言えず閉じた。うん、困ったな。
僕がどうしたものか、つかもうガッシュが乾いてるんだけどどうしよう。そんな他愛なく思う僕の耳に、明らかに聞き間違いだと判断する彼女の声が聞こえた。
「だって…同じとこいっしょに行けないなら…近いとこ探して行くしかないじゃない……」
「───」
そんな莫迦な。幻聴? 幻聴か?
「今……何と?」
僕は信じられないあまりの事態に脳がフリーズし、馬鹿正直に訊いてしまった。
その数瞬後、彼女が教室を飛び出した。
真っ赤な顔して、捨て科白を置いて。
「最低! この鈍ちん! いい加減私が、あんたを好きなのくらい、気付けこの莫迦ーっっ!!」
涙目で、そう走り去ってしまった。
一方僕は追えなかった。後ろめたさとかじゃない。気まずさでもない。
「……」
僕の顔も違わず、彼女に負けず劣らずの赤面だったからだ。
やばい。
可愛いじゃないか。
…取り敢えずこの顔は朝には治まるだろうから、そうしたら明日迎えに行こうかな?
遅刻ギリギリの僕だけど、こんなときくらいやる気出さなくちゃ。
きみのため。
【「無気力少年の恋の歌。」 Fin】