試験日(1#)/1



 


 僕の始まりはいつも、午前六時の起床からと決まっていた。
 勿論その後の行程も決まりがちだが、やはり始まりが挫かれると全部が駄目になりそうな気がする。
 ひどく小心者のようだけど、出来れば『律儀』と言っていただきたい。
 特に今日は、それが許されない日だった。
 僕は今日試験で、これで人生の大半が決まってしまうと言っても過言じゃない。何事も始まりが肝心。目覚ましだってきちっとセットした。僕に抜かりは無い。
 なのに。
 これはどんな悪夢だと言うのか。
 目覚ましの針はチクタクと小気味よい音を奏でている。壊れているんでも、まして昨日入念にチェックした電池の切れでもない。
 じゃあ、どんなコトだと言うのか。
 簡単だ、そう。実に簡単なんだ。
 目覚ましは無事。時間も正常。元より時間が止まる様は見たこと無いけど。
 あぁ、何てコトだろう。
 僕は出鼻を挫かれたのだ完全に。
 しかも、人生そのモノの。

 目覚まし時計は“7:30”を指していた。
 僕は寝坊した。
 僕の始まりはいつも、午前六時の起床からと決まっていた。
 勿論その後の行程も決まりがちだが、やはり始まりが挫かれると全部が駄目になりそうな気がする。



 ゆえに。



 僕はしっかり試験に失敗した。



 今春、僕の始まりはいつもと変わらなかった。
 僕が浪人したこと以外は。






    【Fin.】


 

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up↑down↓(2#)/1



 


「凪緒(ナオ)、お茶ー」



 何だか知らないとある星。近未来では遺体置場がどうにもならなくなったんで何だか知らんがそこに大っきな地球人の霊園建てたとさ。
 で、そこの管理人が実はかなり変わった学会追放された狂科学者で。何でも猫耳付けた尻尾の有るメイド連れてるんだってさ。



「凪緒、聞いてるか? お茶」
 管理事務所とされてる建物の中庭と思しき場所。しっかと箒を持った両手に力が籠もる。
 ふるふる震える両手と黒い耳、小刻みに揺れる同じ色の尻尾。
“凪緒”と呼ばれたメイド服の少女は、如何にも《主人です。》と言わん限りのオーラで備え付けのようなテーブルセットの椅子に踏ん反り返って座る男に、正直腹を立てていた。
 実際主人だが、はっきりと文句を口にするくらいには凪緒は“従者”では無かった。
「凪緒?」
「……────何度も呼ばなくっても聞こえてるってば! 何よ!? お茶くらい自分で入れられるでしょうっ!!」
 呼び続けられた名前にぷちぃっと音を立ててキレたらしく、凪緒は勢いのままに並べ立てた。
 そこへ、白衣の主人気取りな男───名前を原田と言う───は、《待ってましたv》とばかりに少し悪意を含んだ笑いを浮かべた。
 ぎくぅ。
 対して、凪緒は硬まった。この手の笑いをした原田に凪緒は勝てた試しも無く…きっとこの先も無いからだ。
「凪緒……」
「はいぃぃぃっ!?」
 そんなに怖いなら逆らわなければと思うが、かと言って猫の習性と言うか、むざむざ従える訳もない。理不尽ながらどこか甘い。冷酷ながらそうとも言い切れない。原田はそう言う男だった。だからついつい凪緒も忘れて歯向かってみたりする。
 が。
 周囲の評価に違わず変人でしかない原田はやはりどこか怖かったし、得体が知れなかった。凪緒自身本能のような部分で感じていたし。
 だがそれに気付くのは後であって。
「おーまーえーはぁ、俺に逆らっちゃうかなぁ?」
 爽やかに邪悪だ。爽やかに。
「…滅ぇっ相も無いですぅっ!! あ、あたしっお茶入れてきまーすっっ!!!」
 慌てて握り締めていた箒を放り出し立ち去る凪緒。
 逆らうのは、《主従》と言う概念をあまり持たない猫の習性だ。
 恐怖に屈してしまうのは、《弱肉強食》を刷り込まれてるだろう本能だ。
 本来ただの雌猫だったはずの“凪緒”には当たり前の感覚なのだ。
「あー、凪緒! ついでにお茶請けのクッキーもな~」

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up↑down↓(2#)/2



 しかし悔しいものは悔しいのだ。凪緒は半泣きで走り去ってく。
 その後ろ姿を眺めながら、原田は踏ん反り返って座った状態のまま、少々物思いに耽る。
(あれから、三年か……)
 原田の言う『あれから』とは凪緒に会った時のコトを指していた。

 雨の中暗い国道のトンネル付近で、蹲る仔猫と子犬がいたのだ。飼えないなら放って置くべきなのに、原田はつい拾ってしまった。二匹共、自分の車に詰め込んで当時自宅といっしょにしていた研究所に連れ帰ってしまったのだ。
 犬のほうは憶えてるようだが、衰弱の酷い仔猫だった凪緒は記憶に無いらしい。
 あの時の自分の“行い”はまさに気紛れだったとしか言い様が無かった。
 無意味に人の手に馴らして、野性の勘を鈍らせるのは良くない。第一自己の手で構えないなら拾うのはただの迷惑行為だ。
 原田はそう言う合理的な考えの持ち主だった。
 なのでこんな矛盾する出来事が(主に自分自身のせいでだが)起こると何とか辻褄を合わせようとする。
 無理矢理にでも結論付けてしまうのだ。
 この時もそうした。それで学会追放と挙げ句地球追放、辺境惑星左遷になってしまったが。
「なーにやってんだかな……」
 体勢のコトも有って上向きだった顔に任せて空を見上げた。ぽつりと零しながら。
 いや、きっと『奇人変人』扱いされてた自分は早かれ遅かれこんなコトになっていた。そう原田は考え直す。
 一方原田が思い出に浸っていたその頃の凪緒はと言うと、ちゃかちゃかと生真面目にもお茶を用意し、クッキーを籠に盛り付けていた。
「あーあ。何であたしはこんなコトしてんだろ? だいたいさー、原田が自分でやればいいのに」
 グチグチぼやきながら、手は丁寧に作業をこなしていく。原田仕込みの凪緒の家事全般の腕は、むしろ生来から人間の女だった者より達者に役割を成していた。
 それだけ原田がスパルタだったことも有るとしても。
「悔しいのはああ見えて原田のヤツがちゃんと家事が出来るってコトよねー…」
 料理はシェフ並み、掃除も洗濯もプロ顔負け。
 惜しむらくは、女性さえ逃げ出す程の変態ぶりだけ。
「アイツも早く嫁貰えって……」
 そうすれば自分は楽になる。だけど。
「……まぁ、いいか。いいよね」
 自分はこの家で『用済み』の烙印を押されて追い出されてしまうかもしれない。…訂正。絶対される。 ……ならば仕方ない。
「あたし行くトコ無いしなぁ」

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up↑down↓(2#)/3



 ぼやいてはみるが当然事実は覆らない。凪緒は取り敢えず準備した全てをカートに乗せる。
「さぁて、小煩いヤツが待ってるからさっさと行こーっと」

 ガラガラと地面を駆けてカートが目的地に着いた。押しおわった凪緒は、カートに乗せた一式の上に掛けていたクロスを、広げて丸いテーブルに綺麗に掛ける。バランス良く掛けたかを確認するのは、原田に仕込まれた癖のようなモンだ。
 更に茶器をテーブルに並べクッキーの入った籠も置く。全て終わってから、原田が一言。
「────はーい、ご苦労さん。まぁ大まかにおまけして八十三点だな」
(…嫌なヤツっ!!)
 やらせておいてその態度は何だ、相変わらず踏ん反り返りやがって後ろにどついたろかー……、などと思ったところで無意味に等しい。『誰か私に反抗する術ください』てなモンで。
 それこそ無理なんだけれど。
「そぉれぇはっ、申し訳有りませんでしたっっ」
「いやいや気にするな。だぁれもお前になんか[完璧]を期待しちゃいないさ」
(はぁっ! この野郎っ!!!)
 凪緒は堪える。そして耐える。
 カタカタと鳴るは形だけで持った銀製の盆だ。力が籠もって指型に跡が付くんじゃなかろうか。
 それくらいに凪緒は苛立っていた。今までと同じように怒鳴ろうかと迷うが、未だ原田に根付いている恐怖のイメージが凪緒の頭から抜け出さない限りそれはただの自滅だった。誰でも良いから解決策をいただきたいもんだ。
「でもまぁ、」
 原田が一口、カップに注がれた紅い液体を含んで少し置いて飲み干した。その後だ。
「お茶の入れ方は上手くなったな、お前は」
 他人を誉めない人間の賛辞はうれしいモノだ。
 相手が原田なら裏が有りそうだと勘違いする人間も多いが、凪緒はそうじゃないコトを知っている。だから。
「何よ、気持ち悪い」
 我慢した分に比べたら、これくらいの切り返しは赦してもらいたいモノだ。
「はっ、さすがこの俺様直伝だと思ってな」
「…そー言う意味かい…」


 こんな調子だからこそ、二人は殊の外に巧く行っているのかもしれない。






    【Fin.】


 

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死との境目(3#)/1



 


 早い話が、こんなにも簡単なコトなのだ。



 たとえば、このホームが『生きる世界の端』ならば。
 この黄色い線を軽々と、白い線を無視して、この今ホームからはみ出ている爪先を更に踏み出したなら。
 私はたちまちホームの下に落ち、下手すれば感電死、巧くそれを逃れても電車に轢き殺されてぐちゃぐちゃになる。
 だったらこの先は『死の世界の入り口』へとなりはしないだろうか?



 ほら、またヒトリ。

 黄色い線も白い線も気に留めず、ホームの端に立つ私。
 それよりは後ろの───だけど白い線を跨いでるところにいるオジサンは、物凄く挙動不振だ。
 きょろきょろと周りの様子を伺っている。鈍いヤツなら人捜しと勘違いをしてくれるだろうがきっと違う。
《───まもなく電車が参ります。ご乗車される方は、そのまま白線の後ろに下がってお待ちください》
 今だ落ち着きの無いオジサンに注意して観てると、ホームのアナウンスが流れた。
 もうすぐ電車が来る。そんな時。
 あ。
 飛び込む。

 キキィ─────ッッ!!

 ……やっぱりな。

 途端無関心だった周囲が騒がしくなった。
 挙動不審も甚だしいあのオジサンの慣れの果てを観に集まってくる。
 だけど所詮はその程度。
 一旦の好奇心が満たされればあとはただの世間話になるんだろう。
 私にとっても。
 一旦の探求心が満たされればあとはただの出来事だ。予測通りの結果にもう興味は無い。
 さよならオジサン。
 オジサンが悩んでたことも何にも知らない。
 それは当事者で有ろうオジサンの家族が知れば良いコトだ。
 私が知ってるのはオジサンがここで“一線”を越えるだろうってコトだけだった。
 それで充分だった。
 だって私は[無関係]だから。
 だってあのオジサンだけじゃないもの。
 この先も同じように“一線”越えるヒトが大勢いるんでしょう。
 私からも見えるこの“場所”とか。
 ここじゃない駅のホーム、どこかの屋上、ベランダ、他にも。



 要するに『死の境目』なんて、つまりはこんな、簡単な場所に在るってコト。





    【Fin.】


 

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